1. 治療法について
手術名:「経皮的シャント拡張術・血栓除去術」
経皮的とは皮膚切開をせず、超音波(エコー)やX線透視で観察をしながらカテーテル等の器具を用いてシャントの狭窄を拡張したり、血栓閉塞の血栓を除去したりする治療法です。全国で広く行われており、特にシャント狭窄に対しては最も標準的な治療法です。
2. 使用する医療機器「血栓鉗子」について
当院での呼称: 血栓鉗子(けっせんかんし)
正式な医療機器名称: 子宮鏡下手術用生検鉗子
形状・材質: ステンレス製で、マジックハンドのように先端が開閉する構造です。
製造者: 杭州康亜医療機器有限公司(中国)
3. この医療機器が「未承認」であり「目的外使用」であることについて
今回使用する「血栓鉗子」は、日本の医療に関する法律(医薬品医療機器等法)に基づく承認や届出がされていない「未承認医療機器」です。
○日本の制度との違い
製造国である中国では正規の医療機器として届出されていますが、その許可は日本では無効です。そのため、国内では未承認の扱いとなります。
○本来の目的との違い
この機器は、本来、子宮内の組織を採取するために開発されたものであり、血管内で使用することは製造者が想定していない「目的外使用(適応外使用)」にあたります。
4. なぜこの「未承認・目的外使用」の機器を使う必要があるのか(治療の必要性)
透析シャントの血栓を取り除く標準的な治療法には、カテーテルで血栓を吸い出す方法や、皮膚を切開して血管から直接血栓を取り除く外科手術があります。
従来の治療法の限界
「血栓吸引カテーテル」: 大きな血栓や硬い血栓を完全に取り除くことが難しく、血栓が残ってしまうことがあります。大量の血栓が肺に流れていき、肺血栓塞栓症という合併症を生じたり、生まれつき心臓の中に「穴」がある人では静脈から動脈に血栓が移動して脳梗塞などの重い合併症を引き起こす危険性があります。重大な合併症がおきる確率は不明ですが、現実的には、まれです。ただし脳梗塞や肺血栓塞栓症により死亡したり重い後遺症が残ったという報告もあるため、血栓を流失させることを最少化することが必要であると考えています。
「外科手術」
確実な方法ですが、シャント上の皮膚を切開し、シャント血管を切開するため、シャントの穿刺部が減ったり、出血が増えたりします。
「血栓鉗子」に期待される効果
血栓鉗子を用いることで、皮膚を切開することなく、血管の中から直接、頑固な血栓を確実につかんで取り除くことができます。これにより、外科手術と同等の効果を、よりシャントに負担の少ない方法で実現できると考えています。
代替品の欠如
血管内治療に鋼製鉗子を用いる手法は従来行われていません。インターネットで世界中のサイトを探しましたが、専用の機器は見つけられませんでした。
内視鏡(いわゆる胃カメラ)用の生検鉗子「Boston社のRadial Jaw」は日本の多くの施設で、目的外使用(適応外使用)で使われていますが、シャント治療に使うには操作性が悪く、当院の血栓鉗子に比べて血管を損傷する危険性が高いと考えています。
5. この治療に伴うリスクと合併症
血栓鉗子を用いた治療には、以下のようなリスクや合併症が起こる可能性があります。
一般的な血管内治療に伴うリスク
出血、感染、血管の損傷など。
「血栓鉗子」の使用に伴う特有のリスク
機器の破損: 機器の先端が破損し、血管内に部品が残ってしまう可能性がゼロではありません。製造メーカーによる機器不良報告書を確認しましたが、機器の先端が動かなくなり使用できなかったという報告はありますが、破損による部品の脱落は発生していないようです。
予期せぬ合併症
未承認・目的外使用のため、まだ知られていない合併症が起こる可能性も否定できません。
6. 当院における安全対策
当院では、上記のリスクを最小限にするため、独自の厳格な安全対策を講じています。
強度の確認: 仕入れた機器に対して、治療でかかる力を大幅に超える負荷をかける破壊検査を行い、通常の使用では破損しないことを確認しています。
使用前の精密検査: 治療に使う前に顕微鏡で、機器に目に見えないほどの小さな傷や異常がないかを詳細にチェックしています。
徹底した洗浄・滅菌: 専用の超音波洗浄装置を導入し、感染防止のため、使用後の洗浄・滅菌を徹底しています。
7. 他の治療法という選択肢
この治療法を受けない場合、以下の選択肢があります。
1. 血栓吸引カテーテルによる血管内治療: 体への負担は少ないですが、血栓が取りきれない可能性があります。
2. 外科的血栓除去術: 皮膚を切開する手術です。確実性は高いですが、穿刺部位が減り、今後の透析に制限が生じるかもしれません。一時的にカテーテル透析が必要になる可能性があります。
3. 再開通治療を行わない: シャントが使えなくなり、カテーテル透析やシャントを作り直す手術が必要になります。
8. 健康被害が生じた場合の対応と補償
* 万が一、この治療が原因で健康被害が生じた場合には、当院の責任において最善の治療を行います。
* この治療は未承認医療機器を用いるため、国の「医薬品副作用被害救済制度」のような公的な補償制度の対象とはなりません。
* ただし、治療上の過失によって健康被害が生じた場合は、当院が加入する医師賠償責任保険の範囲内で補償が行われます。
9. 費用について
この治療は、保険診療の範囲内で行います。シース、PTAカテーテルなどは「特定保険医療材料」として手術手技料とは別に算定されますが、鋼製手術器械などの購入費、メンテナンス等は手術手技料に含まれます。したがって、血栓鉗子の使用により、治療費が増えることはありません。
10. 将来の医療への貢献と個人情報の保護について
この治療法は、まだ国内で広く認められたものではありません。将来、この治療法が標準的なものとして国に認められるためには、その有効性と安全性の実績を積み重ね、公的な機関(PMDA)や学会に報告していく必要があります。
つきましては、あなたの治療経過や検査結果などのデータを、個人が特定できないように厳重に情報を保護した上で、学会発表や医学論文などに利用させていただくことがあります。ご協力いただけますよう、お願い申し上げます。
今後、診療で血栓鉗子を用いる際には改めて説明同意文書を作成、同意を得てから使用します。
